ペストとはYersinia pestis(ペスト菌)が原因の感染症で、過去に複数回の世界的大流行が記録されています。人の症状は、発熱、脱力感、頭痛などで、感染者の皮膚が内出血して紫黒色になるので黒死病とも呼ばれ、14世紀の大流行では、当時の世界人口の22%にあたる1億人が死亡した報告があります。日本の感染症法では一類感染症に指定されています。ペスト箘はネズミなどげっ歯類を宿主とし、主にノミによって伝播されます。野生動物やペットからの直接感染や、人同士での飛沫感染で蔓延します。プレーリードッグは現地では農作物を荒らす害獣として駆除される以外に、このペストのために生息数が激減しました〔United States Fish and Wildlife Service 2004〕。
ペストは1900年代初頭にアジアから北米に持ち込まれ〔Eskey et al.1939〕、プレーリードッグがペスト箘に感染すると、その病状の進行ならびに蔓延は急速で、95~99%の死亡率と恐れられています〔Cully et al.2001,Cully et al.1997,Sackett et al.2013〕。
プレーリードッグはペスト菌の感受性が高く、死亡率も高い一方で、ペスト箘にとって維持宿主とはなりにくいです。ペスト箘は本来げっ歯類とその外部寄生であるノミとの間で維持され、プレーリードッグ同士への感染はノミによる刺咬あるいは感染個体同士の接触になります。しかしペスト箘はキャリアの宿主(Enzootic host)が重要で、ペスト菌感染に抵抗性を示していることが理想です。ハタネズミやシカネズミなどがEnzootic hostの特徴を有すると考えられ、これらの動物に寄生するノミが通年にわたり活動することでペスト菌が維持されます。プレーリードッグにおいてはキタバッタネズミ(Onychomys leucogaster)が、Enzootic hostであると言われています〔Salkeld et al.2010〕。
プレーリードッグノミ(Oropsylla spp.〔Oropsylla hirsuta〕)はエサとなる血液がないと死亡する確率が高く、ノミはプレーリードッグのコロニーが全滅すると著しく減少します。しかし、Enzootic hostであるキタバッタネズミにペスト箘を持つノミが感染して維持した状態で、再びプレーリードッグへの感染を伺っているのかもしれません〔Wilder et al.2008〕。
プレーリードッグノミはヒトからの吸血をあまり行わず、プレーリードッグのノミの刺咬によるヒトの感染は稀です。プレーリードッグから発症した人のペストの実証済みの症例は事実上存在せず、しかしながらアメリカではプレーリードッグのペストに起因するヒトの症例は少なからず報告されています〔Centers for Disease Control Morbidity and Mortality Weekly Report 2004〕。日本国内に輸入され長期間飼育されているプレーリードッグがペストに罹患している、あるいはペスト菌を保有している可能性は考えにくいでしょう。
野兎病
野兎病は名前からノウサギの疾病のように思えますが、プレーリードッグやリスなどのげっ歯類など150を超える野生動物における感染症で、人獣共通感染症です〔La Regina et al.1986,Magee et al.1989,Quenzeret al.1977〕。 Francisella tularensisはという細菌が原因で、本箘には3つの亜種があり、F. tularensis tularensiは北米でのみ見られ、人に対して毒性がありますが、 F. tularensis holarcticaは北米、アジア、ヨーロッパに見られ、人への毒性は低いです〔Tärnvik et al.19664〕。日本では家畜伝染病予防法における届出伝染病、感染症法における四類感染症に指定されています。野兎病は北米、ロシアなど主に寒い北半球で発生し、日本国内では東北や関東地方での多発します。人での、潜伏期は3~ 5日で、症状は発熱や頭痛などが見られますがが、適切な治療をすれば多くは回復します。動物ではノウサギと野生のげっ歯類に感受性があり、敗血症で死亡することが多いです。
人は感染動物との接触で感染し〔Magee et al.1989,Quenzeret al.1977〕)、日本ではノウサギからの感染が有名ですが、 アメリカでは以前から野生のプレーリードッグからの感染が懸念されていました。2002年にテキサス州の商業用エキゾチックペット販売施設で、野生で捕獲されたオグロプレーリードッグが野兎病に感染して死亡し、その施設の数百匹のプレーリードッグがすでに他の州や海外に輸出されていました。また施設で働いた人にも感染が起こりました〔Avashia et al.2004〕。この時日本にも輸出されてた事実があります(その後の日本での検査では陰性が確認されました)〔大曽根 2006〕。
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