ボアとパイソンの封入帯疾患(IBD)

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IBDとは封入体疾患

ボア科とニシキヘビ科(パイソン)のヘビでは封入体疾患(IBD:Inclusion Body Disease)と呼ばれる中枢神経疾患を示す感染症が世界的に有名で、1970 年代にアメリカで最初に発見されました〔Schumacher et al.1994〕。感染した内臓の細胞に封入体が観察される病理所見から命名され、IBDは致死率が高いことが有名です。原因や感染経路などを含めて解明されていいませんが、日本でも発生の報告があります〔工藤ら 2012〕。

どんな症状?

1970年代後半~1980年代半ばにかけて、ビルマニシキヘビがIBDで見られる最も一般的なヘビでした〔Schumacher et al.1994〕。しかし、1990年代初頭から、ビルマニシキヘビや他のニシキヘビに関連して、より多くの症例がボアコンストリクターで診断され、ニシキヘビで説明されている中枢神経症状に加えて、嘔吐などの消化器症状が見られました〔Schumacher et al.1994〕。ニシキヘビやボアにせよ、IBDに感染したヘビは、当初は無症候である可能性があり、潜伏期間や発症要因などは分かっていません。細胞質に封入体を形成するだけでなく、細胞の免疫抑制を起こすことで、脳や内臓(肝臓や腎臓)に炎症や感染を起こすことで発病します。しかし、ボアとニシキヘビでの症状が異なることが興味深いです。なお、IBDに類似した疾患が、ボアコンストリクターと一緒に飼育されていたカリフォルニアキングスネークやコーンスネークなどのナミヘビ、クサリヘビであるパームバイパー (Botriechis marchi) などでも一部報告されていますが〔Raymond et al.2001,Jacobson et al.2007〕、ボアやニシキヘビのIBDとの相関関係は、分子レベルや免疫学研究は行われていません。

ボア

ボアの初期症状は、鼻炎や肺炎などを伴いながら衰弱し、口内炎や慢性的な嘔吐、拒食が見られます。中には数ヵ月から数年にわたって症状がほとんど見られず、免疫が低下して初めて発病することもあるため、IBDは全ての病気のボアでキャリアであるのか考えなければなりません〔Schumacher et al.1994〕。IBDと診断された急性の影響を受けたボアコンストリクターの血液検査では、白血球増加、リンパ球増加、総タンパク質およびグロブリン値の低下、アスパラギン酸トランスアミナーゼ値の上昇が見られました〔Chang et al.2010〕。症状が進行して、脳へも影響するようで、顔面の痙攣や異常な舌の動き、全身の発作などの神経症状が起こります。

ニシキヘビ

ニシキヘビでは病気の経過がボアよりも急性で、神経症状が早期から起こることが特徴です。ヘビは自分の体を結んでしまったり、ひっくり返されると起き上がることができなくなったり(強調運動生涯)、何もない空中を凝視したりする「スターゲイジング(Star Gazing:星空観察)」(見当意識障害)、まるで酔っぱらったように頭部を前後に揺する(頭部振戦)といった異常行動が見られ、最終的に衰弱して、多くは発症から数日または数週間以内に死亡します〔Schumacher et al.1994〕。

原因はよく分かっていない

IBDの原因は解明されておらず、レトロウイルス〔Wozniak et al.2000, Jacobson et al.2001〕やアレナウイルス(Reptarenavirus:レプタレナウイルス)〔Simard J et al.2020〕が有力視されています。レトロウイルスとレプタレナウイルスの伝搬は、主に体液や排泄物からの経口感染になります。しかし、レプタレナウイルスはヘビダニ(Ophionyssus natricis)などが媒介するダニ感染性病原体の可能性があります。

診断も難しい

IBDを診断することは難しく、現在はヘビの死後の剖検における組織の細胞封入体の確認になります。中枢神経症状が強く発現するニシキヘビでは脳、ボアでは脳以外の気道、胃腸、肝臓、腎臓などからも封入体が検出されやすいですが、確実性がありません。封入体が中枢神経系のみに見られる場合もあれば、腎臓や肝臓などの複数の組織にびまん性に観察される場合もあり、重度の脳炎を患っているにも関わらず、どの細胞にも封入体は見らないこともあります。IBDの封入体は、他のウイルス性細胞質内封入体と外観が類似しているため鑑別が難しいとも言われています〔Chang et al.2010〕。つまり、中枢神経症状があり、特徴的な封入体の存在がIBDの診断に役立ちますが、封入体が存在しないからといって、ヘビが病気にかかっていない、または IBDの ウイルスに感染していないことを必ずしも示すわけではありません。IBD の根本的な原因は不明であるため、最近の研究では 封入体の形成と性質の理解に焦点が当てられています。封入体は固有のタンパク質(封入体疾患タンパク質:IBDP:Inclusion Body Disease Protein)で構成されているため〔Wozniak et al.2000〕、IBDPの形成や性質をよりよく理解するに配列決定が解明され、封入体に対するモノクローナル抗体の免疫診断が開発されています〔Chang et al.2010〕。なお、封入体は 赤血球、リンパ球、 好酸球にも見られることがあり、生前検査として末梢血液塗抹標本での観察も可能かもしれませんが、どれだけ特異的であるのは不明です〔Chang et al.2010〕。

対策はできない?

IBDには特効薬がありませんので、同居している生体へも感染することから隔離が必要になります。病状の進行と伝染は非常に急速で破壊的であるため、IBDの疑いが強い場合は、安楽死させてもおかしくありません。新しく搬入したヘビは、先住のヘビとの接触を少なくとも 数ヵ月間隔離する必要があるとも言われているが、潜伏期間も不明であるため、この方法を実施しても100%予防できるわけではありません。

参考文献

■Chang LW,Jacobson ER.Inclusion Body Disease,A Worldwide Infectious Disease of Boid Snakes: A Review.Journal of Exotic Pet Medicine 19(3):216-225.2010
■Jacobson ER.Viruses and viral diseases of reptiles.In Infectious Diseases and Pathology of Reptiles.Jacobson ER ed.CRC Press.Taylor and Francis Group.Boca Raton.FL.USA:p395–460.2007
■Jacobson ER,Oros J,Tucker S et al.Partial characterization of retroviruses from boid snakes with inclusion body disease.Am J Vet Res62:217-224.2001
■Raymond JT,Garner MM,Nordhausen RW,Jacobson ER.A disease resembling inclusion body disease of boid snakes in captive palm vipers(Bothriechis marchi).J Vet Diagn Invest13:82–86.2001
■Schumacher J,Jacobson ER,Homer BL,Gaskin JM.Inclusion body disease in boid snakes.J Zoo Wildl Med25(4):511-524.1994
■Simard J et al.Prevalence of inclusion body disease and associated comorbidity in captive collections of boid and pythonid snakes in Belgium.PLoS One2;15(3):e0229667.2000
■Wozniak E,McBride J,DeNardo D,Tarara R,Wong V,Osburn B. Isolation and characterization of an antigenically distinct 68-kd protein from non-viral intracytoplasmic inclusions in Boa constrictors chronically infected with the inclusion body disease virus (IBDV: Retroviridae). Vet Pathol37(5):449-459.2000
■工藤朝雄,菅原豪,鈴木哲也,宇根有美.ボア科ヘビの封入体病.小動物臨 31(1).p13-1.2012

この記事を書いた人

霍野 晋吉

霍野 晋吉

犬猫以外のペットドクター

1968年 茨城県生まれ、東京都在住、ふたご座、B型

犬猫以外のペットであるウサギやカメなどの専門獣医師。開業獣医師以外にも、獣医大学や動物看護士専門学校での非常勤講師、セミナーや講演、企業顧問、雑誌や書籍での執筆なども行っている。エキゾチックアニマルと呼ばれるペットの医学情報を発信し、これらの動物の福祉向上を願っている。

「ペットは犬や猫だけでなく、全ての動物がきちんとした診察を受けられるために、獣医学教育と動物病院の体制作りが必要である。人と動物が共生ができる幸せな社会を作りたい・・・」との信念で、日々奔走中。