鳥ボルナウイルスと前胃拡張症候群(PDD)〔Ver.2〕

PDDの原因はボルナウイルス?

ボルナウィルスが鳥の消化器の神経に感染すると、腺胃の神経節炎による麻痺を引き起こし、胃の平滑筋の弛緩が見られ、腺胃が拡張して前胃拡張症候群(PDD:Proventricular dilatation disease)になると言われています〔Kistler et al.2008,Honkavuori et al.2008〕。分離したウイルスを健常な鳥に接種することによって、PDDが発症することも報告され、ウイルス感染がPDDの発生要因であることが示唆されています〔Gray et al.2010〕。しかし、全てのPDDの鳥からウイルスが検出されるわけではなく、他の要因が関与している可能性も考えられています。PDDの発症原因についてはまだよく分かっていないのです。

[surfing_su_box_ex title=”PDDの別名”]

PDDはコンゴウインコなどのオウムに多発し、前胃の拡張や炎症、神経節炎を起こし、ゆっくりと衰弱していく病気です。病理組織学的にリンパ球形質細胞性非化膿性炎が起こります。そのため、以下のような病名が使用されることもあります。

コンゴウインコ消耗性症候群(Macaw wasting syndrome)オウム消耗性症候群(Psittacine wasting syndrome)オウム脳脊髄炎 腸管筋神経節神経炎(Myenteric ganglioneuritis)浸潤性内臓神経障害(Infiltrative splanchnic neuropathy)リンパ形質細胞性神経節炎 リンパ形質細胞性脳脊髄炎(Lymphoplasmacytic and encephalomyelitis)[/surfing_su_box_ex]

ボルナウイルスとは?

ボルナウィルスはモノネガウイルス目ボルナウイルス科ボルナウイルス属に分類され、哺乳類に感染するボルナ病ウイルス(BDV)と鳥類に感染する鳥ボルナウイルス(ABV:Avian bornavirus)が有名です。いずれも神経組織に感染し、BDVはボルナ病と呼ばれる独特の神経疾患を引き起こします〔Stitz et al.1993,Briese et al.1999〕。ABVはオウムにおけるPDDの一病因として同定され〔Honkavuori et al.2008,Kistler et al.2008〕、これまでに12種類のABVが知られています。オウム目の鳥からオウム遺伝子型〔Honkavuori et al.2008,Kistler et al.2008,Rinder et al.2009,Weissenböck et al.2009a,Rubbenstroth et al.2012〕、カナリアからカナリア遺伝子型〔Weissenböck et al.2009b,Rinder et al.2012,Rubbenstroth et al.2013〕、野生の水鳥からも水鳥遺伝子型1〔Delnatte et al.2011〕が分離されました。ABVは飼育下のオウムに広く分布し、2012年の時点でオウム目のうち少なくとも33目の鳥で報告されています〔Heffels Redmann et al.2012〕。オウム遺伝子型2および4は、世界中で流行している最もメジャーな株であり、遺伝子型4は北米で最も一般的です〔Rinder et al.2009,Weissenböck et al.2009b.Nedorost et al.2012〕。いくつかのABV株での重複感染も時折報告されています〔Weissenböck et al.2010,Nedorost et al.2012,Rubbenstroth et al.2012〕。さらに、ジュウシマツに由来するカナリア遺伝子型も推定的ですが、特定されました〔Kato et al.2010〕。

表:鳥ボルナウイルスの分類

種類 ウイルス
オルトボルナウイルス Passeriform 1 orthobornavirus

(スズメ目オルトボルナウイルス1)

canary bornavirus1(CnBV-1)(カナリアボルナウイルス1型)
canary bornavirus2(CnBV-2)(カナリアボルナウイルス2型)
canary bornavirus3(CnBV-3)(カナリアボルナウイルス3型)
Passeriform 2 orthobornavirus

(スズメ目オルトボルナウイルス2)

estrildid finch bornavirus1(EsBV-1)(カエデチョウボルナウイルス1型)
Psittaciform 2 orthobornavirus

(オウム目オルトボルナウイルス1)

parrot bornavirus1(PaBV-1)(オウムボルナウイルス1型)
parrot bornavirus2(PaBV-2)(オウムボルナウイルス2型)
parrot bornavirus3(PaBV-3)(オウムボルナウイルス3型)
parrot bornavirus4(PaBV-4)(オウムボルナウイルス4型)
parrot bornavirus7(PaBV-7)(オウムボルナウイルス7型)
Psittaciform 2 orthobornavirus

(オウム目オルトボルナウイルス2)

parrot bornavirus5(PaBV-5)(オウムボルナウイルス5型)
Waterbird 1 orthobornavirus

(野鳥オルトボルナウイルス1)

aquatic bird bornavirus1(ABBV-1)(水鳥ボルナウイルス1型)
aquatic bird bornavirus2(ABBV-2)(水鳥ボルナウイルス2型)

PDDはどんな鳥種で発生しているの?

PDDは1978年にアメリカで〔Ridgway et al.1983〕、1982年にカナダで〔Berhane et al. 2004〕で報告され、ボリビアから輸入されたコンゴウインコの幼鳥が北米に持ち込まれたと仮定されています〔Woerpel et al.1984〕。それ以来、PDDは80種以上のオウムで観察されています〔Clark et al.1984,Mannl et al.1987,Shivaprasad et al.2010〕。ヨウム、ルリコンゴウインコ、コカトゥー、アマゾンなどの特定の種類が最も頻繁に影響を受けます〔Schmidt et al.2003〕。セキセイインコなどの他の種類も影響を受けますが、病気に対してより耐性があると言われています〔Graham et al.1991,Reavill et al.2007〕。しかし、実際には病気に対する感受性の差なのか、感染や診断に影響を与える他の要因があるのかなど、真偽は不明です〔Gregory et al.1994〕。

PDDはより一般的に成鳥で確認されますが〔Graham et al.1991, Gregory et al.1994〕、性差は見られず、5週齢の鳥に最も影響を与えやすいです〔Kistler et al.2010〕 。世界中のほとんどの地域のオウムの鳥で診断されていますが、 現在まで野鳥のオウムからはPDDは報告されていません〔Villanueva et al.2010〕。しかし、大規模な調査は実際には実施されておらず、飼育下のオウムと野鳥へのPDDの伝播の可能性は未解決のままです。上記のようにABVは多くの遺伝型もあり、オウム目以外の鳥でもキンノジコやカナリアなどのフィンチ〔Philadelpho 2019,Hpppes et al.2013〕、ガチョウ、白鳥、アヒルなどの水鳥にも感染してPDDを発症させています〔Hpppes et al.2013〕。

どうやってウイルスはうつるの?

現在、ABVの詳細な感染経路は解明されていませんが、オウムでは糞および尿中にウイルスが存在することから、尿糞便-経口感染が主要な感染とも言われています〔Hoppes et al.2010〕。これは、マガモが感染したオカメインコの糞を接種したことによってABVに感染した実験により確認されました〔Hoppes et al.2010〕 。さらに、ABVの卵内感染の証拠が増えています。  ウイルスは、感染したオウムの精巣と卵巣〔Raghav et al.2010,Payne et al.2011b〕、卵や胚、孵化したばかりのヒナからも検出されました〔Lierz et al.2011,Kerski et al.2012, Monaco et al.2012〕。

PDDの症状は?

PDDの一般的な症状は、胃腸と神経に非化膿性炎症を起こし、消化器症状と神経症状が見られます。しかし、症状、重症度、進行具合は個々の鳥で大きく異なりますが〔Lumeij et al.1994,Rosskopf et al.2003〕、これはPDDの発症はABVだけとは限らないからです。全身状態として、沈鬱や嗜眠、食欲低下ならびに体重減少、腹部膨満、多尿および多飲症〔Doneley et al.2007〕、突然死〔Shivaprasad et al.2010〕が起こります。消化器症状は、嘔吐、胃腸のうっ滞、消化不良、完穀便(未消化便)、軟便や下痢〔Gregory et al.1994,Hoppes et al,2010〕、神経症状は、性格の変化、震え、発作、斜頸、異常行動(不規則な頭の動き、頭を押す)、異常姿勢(斜頸、弓なり姿勢)、止まり木にとまれない、運動失調、麻痺、てんかん発作などです〔Gregory et al.1994〕。また、毛引きなどの精神疾患も発生に関与しているかもしれません。消化器症状がないのにも関わらず、一部では神経症状のみ発現することもあります。最近の論文は、眼の異常、特に眼底の病変が報告され、病気の初期の兆候である可能性も考えられています。具体的に、瞳孔の拡張や左右の瞳孔不同が見られ、脈絡網膜炎や網膜変性を起こして失明します〔Steinmetz et al.2008,Korbel et al.2011〕。

PDDの潜伏期間は一定でなく、数ヵ月または数年と言われていますが〔Gregory et al.1995,Gancz et al.2009,Gray et al.2010〕、実験では最低11日という短期間の例もあります〔Gregory et al.1997〕。多くの健康な鳥でもABVに感染していることもありますが、必ずしもPDDの発症は予測できません〔Hpppes et al.2013〕。ストレスなどの発症要因もあり得ますが、肺炎や腸炎、細菌性敗血症などの二次的な日和見感染を起こすことで、死亡率が大幅に上昇する可能性があります。前胃の肥大、胃のうっ滞、糞便中の完穀便は、PDDの特異的な指標となりますが、鑑別診断には、メガバクテリア症ヘリコバクター症重金属中毒腸閉塞、腫瘍(胃癌)、胃の幽門機能不全および 膵炎などがあげられます。他の様々な神経疾患とのPDDの相違は外観からは判断できません。PDDは進行性で、重度な症状、特に神経症状が進行していると致命症になります〔Graham et al.1984〕。一方で持続的に症状が続きながら、何年も生存している症例もいます。

診断

鳥が生きている状態でのPDDの診断(生前診断)は、鳥の胃や神経組織からの病理組織検査で診断するしかありません(リンパ球形質細胞浸潤による非化膿性炎)。しかし、これは鳥に麻酔をかけて前胃の細胞を採取して検査をするという侵襲性の高い検査で、神経細胞の採取は死後の検体からしかできません。拡張した前胃はX線検査で確認されますが、他の病気を除外するために造影X線検査やCT検査を行うこともあります。

特徴的な消化器症状と神経症状が見られたヨウム、ルリコンゴウインコ、コカトゥー、アマゾンなどでは、特に鳥ボルナウイルスの遺伝子(PCR)検査を受ける必要性があります。ウイルスの糞や尿からの排泄は断続的で〔Raghav et al.2010,Payne et al.2011b〕、数日間の排泄物を採取、あるいは複数回の検査が必要かもしれません。ウイルスの排出は糞に限らず、尿、外鼻孔、後鼻孔からも検出され、羽毛や感染した鳥小屋の空気にも存在します〔Hoppes et al.2010,de Kloet et al.2011〕。最近の研究では、最大量のウイルスが尿に排泄される可能性が高いことも示されています〔Heatley et al.2012〕。これは糞便サンプルが陰性であるのに対し、同時に採取された総排泄腔スワブが陽性である理由を説明しています〔Dorrestein et al.2010〕。

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治療

PDDは完治する方法は確立されておらず、支持療法による治療になります。ABVの治療に特定の抗ウイルス薬もありません。支持療法をすることで数ヵ月~数年生存する可能性はあります。非化膿性炎症を起こしているため、支持療法として様々な抗炎症薬などが使われていますが、治療効果には一貫性がありません。

予防方法とは?

PDDの発症原因とされるABVに感染した鳥を隔離して、接触させないことが重要です。また、どの消毒薬が効果的かも不明ですが、フェノール、ホルムアルデヒド、次亜塩素酸塩による消毒などが推奨されています〔Hoppes et al.2013〕。

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この記事を書いた人

霍野 晋吉

霍野 晋吉

犬猫以外のペットドクター

1968年 茨城県生まれ、東京都在住、ふたご座、B型

犬猫以外のペットであるウサギやカメなどの専門獣医師。開業獣医師以外にも、獣医大学や動物看護士専門学校での非常勤講師、セミナーや講演、企業顧問、雑誌や書籍での執筆なども行っている。エキゾチックアニマルと呼ばれるペットの医学情報を発信し、これらの動物の福祉向上を願っている。

「ペットは犬や猫だけでなく、全ての動物がきちんとした診察を受けられるために、獣医学教育と動物病院の体制作りが必要である。人と動物が共生ができる幸せな社会を作りたい・・・」との信念で、日々奔走中。