【生理】ウサギの偽妊娠

目次 [非表示]

発情と排卵

ウサギは他の哺乳類とは異なり、定期的な発情周期を示さず、発情にあたる4~17日の長い許容期と1~2日短い休止期を繰りかえしています。結果的に許容期が長いことで持続発情という表現をすることもあります。ペットでは肥満な個体が多く、栄養過多は安定した発情をもたらし、栄養不良であると発情が起こらない傾向にあります。そして、ウサギの排卵は一般的に自発的に行われるのではなく、誘発性であり、交尾の刺激が必要です(交尾排卵)。一般的には交尾から10~14時間後に排卵が起こります。交配を行うと、排卵後に受精して、胚が子宮に着床して胎子が発育し、妊娠期間は30~32日です。妊娠期後半から出産間際になると、乳腺の発達、乳腺周囲の抜毛ならびに営巣が見られます。なお、この繁殖過程とは異なり、性成熟に達したメスは、定期的に偽妊娠がよく起見られます。

偽妊娠?想像妊娠?

本来の妊娠した状態でなく、妊娠をしてない状態でありながら妊娠兆候が見られることで偽妊娠と呼ばれ、人では交配もなく心因性に妊娠状態になることもあるため想像妊娠とも呼ばれています。つまり、着床した胚または胎子が存在していませんが、卵巣から黄体ホルモン(プロゲステロン)が分泌されて、子宮が腫大し、妊娠の兆候 (乳腺の発達、営巣、乳腺周囲の抜毛)などが見られます〔Donnelly 2013〕。しばらくは通常の妊娠と同じようにプロゲステロンが分泌されますが、これらは9日目がピーク〔Carlson et al.1978〕、12日目から退行する〔Abd-Elkareem 1997〕と報告されています。

症状

偽妊娠の兆候は、乳腺の拡張や乳汁分泌などの乳腺の発達、乳腺周囲の抜毛ならびに営巣など特徴的です〔Donnelly 2013〕。他にも落ちつきがなくなったり、行動も普段とは異なって見えるかもしれません。子宮も胚の着床または胎子の発育と同様な状態になるため、軽度に腫大します。その他、食欲が増すウサギもいます。偽妊娠は平均して14日位続きますが、最大で18日間とも報告されています〔Fischer et al.1986,Beier et al.1973〕。

乳腺の発達

乳腺の拡張や乳汁分泌が見られ、漿液や母乳が出てきます。

乳腺周囲の抜毛

乳腺周囲の被毛を抜いて巣材に使われます。乳腺周囲の被毛が抜かれることで授乳時に子が母乳を吸いやすくします。なお、被毛を抜いただけで満足するウサギもいます。

営巣

巣を作るために本能によって、牧草や毛布などを口に加えて巣箱に運びます。仕上げに、自ら乳腺周囲の抜いた被毛を敷きつめてクッションを作ります。

行動の異常

普段温和な性格のウサギでも、神経質になり、縄張り意識が強くなり、かんだり、スタンピンクをするようになります。

原因

交尾刺激以外で排卵が起こることで偽妊娠が起こるわけですが、ウサギが何故排卵を起こすのかは、明確に分かっていません。交尾が失敗して妊娠しなかった場合はもちろんですが、飼い主がウサギの背中や臀部を撫でるといったような交尾様刺激、ウサギが飼い主やおもちゃなどを性のパートナーと認識してマウンティングした場合、また輸送や恐怖などのストレスも排卵の原因としあげられ〔Donnelly 2013〕、その他、優勢を示すための別のメスによる鳴き声、または一部の薬剤(性腺ホルモン様作用)〔Marshall et al.1936,Marshall et al.1939〕なども可能性としてあり得ます。

偽妊娠が原因となる疾患

偽妊娠は、年に何度も繰り返したり、高齢になると慢性的な刺激によって、卵巣・子宮疾患乳腺炎ならびに乳腺腫瘍自咬症などが起こやすくなります〔Donnelly 2013〕。

子宮疾患

偽妊娠によって子宮が軽度に腫大することは、組織学的および免疫組織化学的に、妊娠初期に見られる状態と同じです〔Abd-Elkareem 1997〕。当然、子宮が腫大した状態が繰り返し、持続することで、病的な子宮内膜症に移行しやすくなります。病的になると陰部からの出血性分泌物が認められます。

ウサギの子宮疾患の詳細な解説はコチラ!

乳腺炎・乳腺腫瘍

乳腺の拡張や乳腺嚢胞などが見られる乳腺過形成が起こり、二次的に感染が起こることで乳腺炎が発生します。慢性的な乳腺過形成から乳腺癌に移行するケースも報告されています〔Greene 1939〕。

ウサギの乳腺腫瘍の詳細な解説はコチラ!

自咬症

ストレスにより、被毛をかんだり、皮膚まで傷つけることもあります。

ウサギ皮膚病

対応・治療

偽妊娠の多くは自然とおさまりますし、病気ではない生理現象なので基本的に治療の必要はありません。しかし、被毛を大量に飲み込んだり、乳腺炎を発症したり、自咬症の原因になるようであれば対策を考えた方がよいでしょう。発情が慢性的に起こる状態だと偽妊娠も起こやすくなります。過栄養は発情を起こりやすくするため、当然ながら肥満は避けるべきです。飼い主の過剰な接触が偽妊娠を起こしやすいとされていますが、ウサギを飼育して接触を最小限にすることは非現実的で、その基準はありません。なお、偽妊娠を終わらすためのアラキドン酸およびプロスタグランジン)化合物の投与が報告されていますが〔Carlson et al.1978,Kehl et al.1981〕、臨床的にはホルモン療法として応用されていません。最終的に避妊手術が得策なのかもしれません。

ウサギの避妊手術の考えはコチラ!

ウサギの医学 緑出版

日本最高峰!ウサギの病気の全てがここに書いてある!

ウサギの獣医学教科書。ドクターツルが執筆!

JCRA(ジャクラ)って?ウサギ検定って何なの?

ウサギを幸せに長生きさせたい方は、一般社団法人 日本コンパニオンラビット協会(JCRA:ジャクラ)に入会して、ウサギ検定を受けましょう!

入会はコチラ!

参考文献

  • Abd-Elkareem MD.Morphological,Histological and Immunohistochemical Study of the Rabbit Uterus during Pseudopregnancy.Journal of Cytology;Histology8(1):443.1997
  • Beier HM,Kühnel W.Pseudopregnancy in the Rabbit after Stimulation by Human Chorionic Gonadotropin. Horm Res4:1-27.1973
  • Carlson JC,Gole JW.CL regression in the pseudopregnant rabbit and the effects of treatment with prostaglandin F-2alpha and arachidonic acid.J Reprod Fertil53(2):381-387.1978
  • Donnelly TM ed.Pseudopregnancy A2-Mayer,Jörg;in:Clinical Veterinary Advisor. WB Saunders.Saint Louis:p411-412.2013
  • Fischer B,Winterhager E,Busch LC.Transformation of endometrium and fertility in late stages of pseudopregnancy in the rabbit.J Reprod Fertil78:529-540.1986
  • Greene HSN.Familial mammary tumors in the rabbitII.Gross and microscopic pathology.J Exp Med70:159-166.1939
  • Kehl SJ,Carlson JC.Assessment of the luteolytic potency of various prostaglandins in the pseudopregnant rabbit.J Reprod Fertil62(1):117-22.1981
  • Marshall FHA,Verney EB.The occurrence of ovulation and pseudo-pregnancy in the rabbit as a result of central nervous stimulation.J Physio86:327-336.1936
  • Marshall FHA,Verney EB,Vogt M.The occurrence of ovulation in the rabbit as a result of stimulation of the central nervous system by drugs.J Physiol97:128-132.1939

この記事を書いた人

霍野 晋吉

霍野 晋吉

犬猫以外のペットドクター

1968年 茨城県生まれ、東京都在住、ふたご座、B型

犬猫以外のペットであるウサギやカメなどの専門獣医師。開業獣医師以外にも、獣医大学や動物看護士専門学校での非常勤講師、セミナーや講演、企業顧問、雑誌や書籍での執筆なども行っている。エキゾチックアニマルと呼ばれるペットの医学情報を発信し、これらの動物の福祉向上を願っている。

「ペットは犬や猫だけでなく、全ての動物がきちんとした診察を受けられるために、獣医学教育と動物病院の体制作りが必要である。人と動物が共生ができる幸せな社会を作りたい・・・」との信念で、日々奔走中。