ウサギにキャベツを与えていないのは甲状腺の病気のため?〔専門獣医師解説〕

ギにキャベツはよくない?

ウサギに与える野菜で、キャベツは不適切とも言われています。その理由はキャベツにはゴイトロゲン(Goitrogen:甲状腺腫誘発物質)が含まれており、甲状腺ホルモンの材料となるヨウ素の取り込みを阻止するためです。しかし、「学校飼育動物のウサギたちはキャベツをよく食べていませんか?」。古い文献に甲状腺機能低下症を伴う甲状腺腫になったウサギの報告がありますが、大きな症状はなかったと記載があります〔Brown et al.1926〕。そのためにウサギの飼育書にはウサギにキャベツを与えてはいけないと記載されていると推測します。

甲状腺ホルモンの役割りは?

甲状腺ホルモンは身体の代謝に関わり、甲状腺機能低下症になると、体重増加、活動性の低下、脱毛、過角化、脂漏などの皮疹、除脈(心拍数の低下)になると言われています。甲状腺ホルモン(TH:Thyroid hormone)とは甲状腺で作られるホルモンの総称で、主にT3(トリヨードサイロニン)T4(サイロキシン)の2つに分類されます。しかし、細胞内で甲状腺ホルモンとしての役割を果たすのは主にT3です。甲状腺からT4が作られた後は、さまざまなメカニズムによってT3に変換されて、最終的に甲状腺ホルモンとして働くようになります。甲状腺で作られたT3とT4は、甲状腺から血液中に放出され、ほとんどがタンパク質と結合します(結合型)〔Sutherl et al.1976〕。ごく少数のT4とT3のみが、血液中で遊離して体内を巡って、ホルモンとして作用します(遊離型)。各ホルモンの結合型と遊離型の総量を総T4と総T3として測定しますが、結合するタンパクに異常があると、甲状腺ホルモンの総量が誤って解釈される可能性があるため、場合によっては血液中で遊離しているホルモンの量のみ測定します。それぞれFT3(遊離トリヨードサイロニン)、FT4(遊離サイロキシン)と呼ばれています。T3は血中での半減期が短く、半減期が長いT4が測定を優先したり、治療目的で製剤が用いられます。また、T4はすべてが甲状腺から分泌されますが、T3は甲状腺から分泌されるのは20%程度で、残りの約80%は、末梢組織でT4からT3へ変換されて作られますので、甲状腺ホルモンの測定の優先はT4 になるわけです。

ウサギの甲状腺疾患は超レア?

ペットのウサギで甲状腺疾患が診断されることはほどんどなく、ウサギの自然発生疾患の報告は皆無に近いです。もちろん甲状腺ホルモン値に対するウサギの全身疾患の影響についてもほとんど知られていません。イヌとは異なり、ウサギは甲状腺疾患と限らず全ての罹患でT4 およびFT4は 健康な動物と比べると有意に低くなり、甲状腺疾患だけを特異的に診断できません。骨折や閉塞性のウサギは、T4の測定値が特に低く、尿路疾患を患っているウサギの T4は、それほど影響を受けませんでした。つまり、ペットのウサギの甲状腺機能低下症を診断するには、T4およびFT4の測定だけでは特定できないことを示しています〔Thöle 2019〕。

ウサギで報告された甲状腺疾患

実験動物で甲状腺機能低下を伴う甲状腺腫が作られ、体重減少、低体温、心拍数の低下、免疫低下が発現しました〔Abdelatif et al.2009〕。甲状腺全摘手術による粘液浮腫昏睡の実験をしたところ、手術4週後T4の低下、低体温、低血圧、心拍数の低下などが見られ、粘液浮腫の心臓のために術後 4~14 週間後に7頭中6頭が死亡しました〔Ono et al.2013〕。ウサギでも甲状腺機能低下症が起こることで低体温や心拍数の低下が見られる可能性がありますが、高齢のウサギでも加齢的に心不全による心拍数の低下や循環不全による低体温が起こりますので、鑑別は難しいです。実際にはウサギの甲状腺疾患の自然発生例は数少なく、著者が調べた限りでは特発性甲状腺機能亢進症の2例と甲状腺癌の2例のみです〔Brandao et al.2015,Dinges et al.1972,西部 2015〕。一部の甲状腺癌の症例では頸部の皮下腫瘤として発見され、摘出手術を受けて、濾胞充実性甲状腺癌と診断されました。しかし、一般状態と血液検査の異常も見られず、リンパ節の腫脹もなく、腫瘍摘出後9ヵ月経過において転移も認められなかったそうです。甲状腺機能亢進症も起こっている可能性もありますが、詳細は分かっていません。

甲状腺ホルモンの測定は?

イヌやネコと同様に、ウサギにおいてもT4とFT4の測定値は性別に影響されないようです〔Scott-Moncrieff et al.2015,Thoday et al.1984,Reimers et al.1990〕。しかし、イヌ、ウシやヒツジなどの反芻動物、ウマの甲状腺ホルモンレベルの変動は、品種や系統、ストレスによって変動することが示されており〔Hegstad-Davies et al.2015,Ferlazzo et al.2018〕 、ウサギでの測定値を評価する際にも考慮する必要があるかもしれません。イヌ、ネコ、およびヒトでは、さまざまな非甲状腺疾患(全身疾患、手術、外傷など)と、グルココルチコイド、トリメトプリム/スルホンアミド、非ステロイド性抗炎症薬、放射線不透過性造影剤などの薬物の投与が甲状腺ホルモン値に影響を与えます〔Scott-Moncrieff et al.2015〕。これまでも実験で外傷を負わせたウサギにおいて、T3、T4、TSH(甲状腺刺激ホルモン)の減少が起こっています〔Mebis et al.2009〕。

じゃ、どう解釈したらよいの?

病気のウサギで観察されたT4減少につながる潜在的なメカニズムには、甲状腺刺激ホルモン(TSH)分泌の減少、甲状腺ホルモン結合タンパク質の低下、または甲状腺ホルモン受容体活性の変化が考えられます〔Lee et al.2016〕。FT4 は通常、 T4 と比較して、細胞内結合、代謝の変化、タンパク質への結合、および細胞内への輸送による影響が少ないことから〔Scott-Moncrieff 2015〕、ウサギでも優先して測定されます。しかしながら、イヌにおいても甲状腺疾患以外の疾病で、FT4の減少することが証明されています〔Scott-Moncrieff et al.2015〕。なお、甲状腺ホルモンを測定するために、ウサギを抑え込むことでのストレスが測定値に影響する可能性もあり〔Behringer et al.2018〕、血清中の甲状腺ホルモンが尿や糞の測定値と高い相関関係があり、糞尿中の測定も評価に有用であることを示した研究もあります〔Chmurska-Gąsowska et al.2021〕。しかしながら、甲状腺ホルモン測定値の評価は各検査センターにおいても固有の参照範囲の相違が見られ、そして特にウサギでは甲状腺疾患を特異的に診断できません。ウサギの甲状腺疾患の診断ならびに甲状腺ホルモン測定値の解釈は、個々の疾患や薬剤の影響などを完全に理解した上で、現段階では暫定的に診断されているに過ぎないです。

表:甲状腺ホルモン測定値

項目参考文献
遊離サイロキシン(FT4)
2.31±0.27 µg/dL大丸ら.1975
3.32±0.68 µg/dLOno et al.2013
0.5-2.4 µg/dL富士フィルム

参考文献
■Abdelatif et al.Effect of Altered Thyroid Status in the Domestic Rabbit(Lepus cuniculus) on Thermoregulation,Heart Rate and Immune Responses.Global Veterinaria3(6).447-456.2009
■Behringer V,Deimel C,Hohmann G,Negrey J,Schaebs FS,Deschner T.Applications for non-invasive thyroid hormone measurements in mammalian ecology,growth,and maintenance.Horm Behav105:66–85.2018
■Brandao J,Higbie C,Johnson J et al.Naturally occurring idiopathic hyperthyroidism in two pet rabbits.Exoticscon Proceedings San Antonio.US:p341.2015
■Brown et al.Organ weights of normal rabbits.Journal of Experimental Biology43.733–741.1926
■Chmurska-Gąsowska M et al.Non-Invasive Measurement of Thyroid Hormones in Domestic Rabbits.Animals11(5):1194.2021
■Dinges H,Kovac W.Ein metastasierendes Schilddrüsencarcinom beim Kaninchen.Z Versuchstierk14:p197-204.1972
■Ferlazzo A,Cravana C,Fazio E,Medica P.The contribution of total and free iodothyronines to welfare maintenance and management stress coping in Ruminants and Equines: physiological ranges and reference values.Res Vet Sci118:p134-143.2018
■Hegstad-Davies RL,Torres SM,Sharkey LC,Gresch SC,Muñoz-Zanzi CA,Davies RP.Breed-specific reference intervals for assessing thyroid function in seven dog breeds.J Vet Diagn Invest27:p716-727.2015
■Lee S,Farwell AP.Euthyroid sick syndrome.Compr Physiol15:p1071-1080.2016
■Mebis L,Debaveye Y,Ellger B et al.Changes in the central component of the hypothalamus-pituitary-thyroid axis in a rabbit model of prolonged critical illness.Crit Care13:pR147.2009
■Ono Y.et al.A rabbit model of fatal hypothyroidism mimicking “myxedema coma” established by microscopic total thyroidectomy.Endcro J30.63(6):523-32.2013
■Reimers TJ,Lawler DF,Sutaria PM,Correa MT,Erb HN.Effects of age,sex,and body size on serum concentrations of thyroid and adrenocortical hormones in dogs.Am J Vet Res51:p454-457.1990
■Scott-Moncrieff JC.Hypothyroidism.In Canine & Feline Endocrinology 4th ed .Feldmann EC,Nelson WN,Reusch CE,Scott-Moncrieff JC,Behrend E.eds.Elsevier Saunders.Philadelphia.PA:p77-135.2015
■Sutherl RL,Brandon MR.The thyroxine-binding properties of rat and rabbit serum proteins.Endocrinology98(1):91-98.1976
■Thöle M.Presumptive nonthyroidal illness syndrome in pet rabbits(Oryctolagus cuniculus).Journal of Exotic Pet Medicine31:100-103.2019
■Thoday KL,Seth J,Elton RA.Radioimmunoassay of serum total thyroxine and triiodothyronine in healthy cats:assay methodology and effects of age,sex,breed, heredity and environment.JSAP25:p457-472.1984
■大丸環姫ら.実験動物の血中サイロキ シン濃度, T3-Binding Capacity(TBC) およびそれらの日内変動につ いて.実験動物24(1):19-23.1975
■西部美奈子.ウサギの甲状腺癌の1例 臨床レポート.岩獣会報41(1):20-22.2015

この記事を書いた人

霍野 晋吉

霍野 晋吉

犬猫以外のペットドクター

1968年 茨城県生まれ、東京都在住、ふたご座、B型

犬猫以外のペットであるウサギやカメなどの専門獣医師。開業獣医師以外にも、獣医大学や動物看護士専門学校での非常勤講師、セミナーや講演、企業顧問、雑誌や書籍での執筆なども行っている。エキゾチックアニマルと呼ばれるペットの医学情報を発信し、これらの動物の福祉向上を願っている。

「ペットは犬や猫だけでなく、全ての動物がきちんとした診察を受けられるために、獣医学教育と動物病院の体制作りが必要である。人と動物が共生ができる幸せな社会を作りたい・・・」との信念で、日々奔走中。