ハムスターの呼吸が苦しい?専門獣医師が解説する心不全の診断と治療〔獣医師向け〕

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心筋症

高齢のゴールデンハムスターに心不全が好発します(約1.5歳以上)。特異的に拡張型心筋症が発生し、呼吸困難を主訴とします。心筋症とは心機能障害を伴う心筋の疾患で、病態的に肥大型、拡張型、拘束型などに分類されます。ハムスターでは拡張型(DCM:Dilated cardiomyopathy/心筋が薄くなり、心臓が拡張する)と診断されることが圧倒的に多く、時に肥大型 (HCM:Hypertrophic cardiomyopathy/心筋が肥大する)も見られます。拡張型心筋症は心拡大と収縮機能障害を特徴とし、不整脈による突然死と心不全をもたらします。

症状

初期には無症状ですが、病態の進行とともに心不全症状が見られます。最初に運動不耐性が起こり、積極的に動かなくなりますが、老齢性変化とほぼ同じなために、異常と判断し難く、発見が遅れてしまうケースが多々あります。心不全の症状は浮腫や胸水による呼吸促拍や呼吸困難などのうっ血性心不全症状や不整脈になります。採食量も低下して削痩が見られ、循環不全のために低体温になります。

原因

実験動物では、人の拡張型心筋症と酷似した病態を示す BIO14.6および TO-2系統のゴールデンハムスターがモデルとして有名です。これらの系統では細胞内外を結合するDystrophin(Dys)関連タンパク複合体(Dys-Related Proteins: DRP)の中のδ-sarcoglycan(SG)の遺伝子欠損が存在することで心筋症が発生することが解明されています〔Sakamoto et al.1997〕。病態発生なども詳細に解明され〔Homburger et al.1962〕、病理組織学的検索はもちろん、心電図、心臓超音波などで心拡大の評価もなされ、薬剤治療〔van Meel et al.1989〕ならびに遺伝子治療まで行われている〔Tsubata et al.2000〕。これらのデータの一部を臨床のハムスターに応用されて、検査や治療が行われています。

検査

X線検査では心臓の拡大や胸水などが見られます。

心臓の超音波検査で、心筋の厚さや心収縮率を評価し、心不全の進行具合を評価できます。

表:ゴールデンハムスターの心臓超音波パラメーター

文献/測定値左室拡張終期径LVEDD (mm)左室収縮終期径LVESD (mm)心室中隔厚径IVST (mm)(左室)後壁厚径WT(mm)左室短縮率FS (%)
Vera et al.20054.1±0.4
(3.1–5.1)
2.3±0.4
(1.3–3.1)
1.0±0.1
(0.8–1.1)
1.0±0.1
(0.8–1.2)
44.7±6.6
(28.3–57.6)
Ryoke et AL.19995.3±0.41.3±0.11.3±0.149±4
Ueyama et al.19984.0±0.350±11

一般状態が悪い心不全のハムスターでは、長時間の保定を行うとチアノーゼを起こしやすく、X線や超音波検査においての無理な保定は禁物です。

治療

βブロッカー、アンギオテンシン変換酵素阻害薬、利尿薬、強心剤などの薬の組み合わせにより進行を遅らせることが可能です。しかし、代償が破綻し末期重症心不全になると有効な治療薬はありません。

げっ歯類の薬用量はこちらを参考にして下さい!

呼吸困難であればペット用の酸素吸入を行うべきです。大きな酸素用ケージに普段飼育しているケージごと収納するか、密室になるケージに酸素吸入をして下さい。

自宅での酸素吸入をして下さい!

参考文献
■Homburger F,Baker JR,Nixon CW and Whitney R.Primary,generalized polymyopathy and cardiac necrosis in an inbred line of Syrian hamsters.Med Exp6:339-345.1962
■Ryoke T,Gu Y,Mao L,Hongo M,Clark RG,Peterson KL,Ross JJr.Progressive cardiac dysfunction and fibrosis in the cardiomyopathic hamster and effects of growth hormone and angiotensin-converting enzyme inhibition. .Circulation. 100(16).1734-1743.1999
■Sakamoto A,Ono K,Abe M,Jasmin G,Eki T,Murakami Y,Masaki T,Toyo-oka T,Hanaoka F.Both hypertrophic and dilated cardiomyopathy are caused by mutation of the same gene,δsarcoglycan, in hamster:A model of dystrophinassociated glycoprotein complex. Proc Natl Acad Sci USA 94,13873-13878.1997
■Tsubata S,Bowles KR,Vatta M,Zintz C,Titus J,Muhonen L,Bowles NE,Towbin JA.Mutations in the human δ-sarcoglycan gene in familial and sporadic dilated cardiomyopathy.J Clin Invest106:655-662.2000
■Ueyama T,Ohkusa T, Hisamitsu Y et al. Alterations in cardiac SR Ca2+-release channels drug development of heart failure in cardiomyopathic hamster,Am J Physiol274.H1-H7.1998.
■van Meel JC,Mauz AB,Wienen W,Diederen W.Pimobendan increases survival of cardiomyopathic hamsters.J Cardiovasc Pharmacol.13(3):508-509.1989
■Vera MC,Salemi Angelina MB,Bilate Félix JA,Ramires Michael H,PicardDaniel M,Gregio Jorge Kalil Edécio Cunha Neto Charles Mady European Journal of Echocardiography6(1).P41-46.2005

この記事を書いた人

霍野 晋吉

霍野 晋吉

犬猫以外のペットドクター

1968年 茨城県生まれ、東京都在住、ふたご座、B型

犬猫以外のペットであるウサギやカメなどの専門獣医師。開業獣医師以外にも、獣医大学や動物看護士専門学校での非常勤講師、セミナーや講演、企業顧問、雑誌や書籍での執筆なども行っている。エキゾチックアニマルと呼ばれるペットの医学情報を発信し、これらの動物の福祉向上を願っている。

「ペットは犬や猫だけでなく、全ての動物がきちんとした診察を受けられるために、獣医学教育と動物病院の体制作りが必要である。人と動物が共生ができる幸せな社会を作りたい・・・」との信念で、日々奔走中。