ウサギの陰嚢ヘルニア

本日ご紹介しますのはウサギの陰嚢ヘルニアです。

陰嚢ヘルニアとは精巣の精管・精巣動静脈が腹腔内へ入っていく孔を鼠径輪(そけいりん)と呼びます。

イラストで説明しますと下図のようになります。

この鼠径輪に何らかの原因で腹圧が上昇して、鼠径輪が広がり膀胱等の腹腔内臓器が脱出し、陰嚢内に納まる状態を陰嚢ヘルニアと呼びます。

脱出した臓器が膀胱であると会陰ヘルニア同様、排尿障害がおこり尿毒症に至る場合も考えられ、緊急処置が必要になることがあります。

ホーランドロップのラテ君(7歳、雄、体重2.6kg)は1週間くらい前から排尿がスムーズに出来ない、陰嚢が大きく腫大してきた、ということで来院されました。

下写真の黄色丸が陰嚢ヘルニアと思われる部位です。

さらにこの部位を拡大した写真です。

黄色丸の陰嚢が腫大した部位と赤矢印の右側陰嚢です。

右側陰嚢は床面との干渉か、ラテ君の自咬によるものか、炎症を起こして排膿しているのが分かります。

陰嚢をまずはレントゲンで撮影しました。

下写真の黄色丸は膀胱です。

下2枚共に膀胱が腹腔内に存在していなくて皮下、いわゆる陰嚢内に存在しているのが分かります。

膀胱内が白く描出されているのは、尿中に炭酸カルシウムなどの結晶が大量に排出されているためです。

加えてエコーの検査を実施しました。

下に白く描出されている高エコーの膀胱内容物(黄色矢印)は高カルシウムの結晶が尿中に排出され、あたかも汚泥のように膀胱内に沈渣(スラッジ)してるのが分かります。

膀胱内スラッジの場合、汚泥の量が多ければ当然排尿困難になり、腹圧をかけて排尿するようになります。

いきんで排尿を重ねるごとに鼠径輪から膀胱が飛び出して、陰嚢ヘルニアになったものと考えられます。

ラテちゃんの全身状態は今のところ問題はありませんが、すでに排尿障害が認められますから陰嚢ヘルニアを整復手術することにしました。

ラテちゃんに全身麻酔を施します。

ずいぶんと左陰嚢が腫大しているのがお分かり頂けると思います。

尿道内にカテーテルを挿入して尿を吸引してみたのですが、尿の粘稠度が高く吸引することが出来ません。

さらに膀胱内の炎症が伴っているようでカテーテル内に出血が吸引されました(黄色矢印)。

まず先に去勢を実施します。

左右の精巣を摘出します。

次に左側の陰嚢に切開を加えます。

弾力性のある陰嚢内の物体を皮膚切開部に向けて圧迫します。

圧迫して出て来た物は思った通りの膀胱でした。

膀胱の外側から見ても膀胱内には黄土色の粘稠性の高い尿が詰まっています。

膀胱を圧迫している間に汚泥尿(スラッジ)が外陰部から排尿されています(黄色丸)。

次に膀胱を切開して、内容物を排出して膀胱内洗浄を行います。

膀胱を圧迫すると汚泥尿がゆっくりと排出されます。

大量の汚泥尿が出て来ます。

汚泥尿の殆どを圧排した後に膀胱切開部から生理食塩水を注入して洗浄します。

切開した膀胱を縫合します。

次に膀胱を鼠径輪から腹腔内へ戻します。

下写真の黄色丸が拡張した鼠径輪です。

膀胱を指先で腹腔内へ押し戻しました。

再脱出を防ぐために鼠径輪を縫合します。

これで陰嚢ヘルニア整復手術は終了です。

皮膚縫合の後が生々しいですが、膀胱が再脱出しなければ、今後排尿障害の心配はありません。

手術後のラテ君です。

まだ麻酔からの半覚醒状態です。

手術翌日のラテ君です。

動き回ることも出来るようになりました。

退院当日(術後4日目)のラテ君です。

床面との干渉もあり、縫合部が若干腫れています。

ラテ君は術後、排尿もスムーズに出来るようになりました。

スラッジ(汚泥状尿結晶)の生成を防ぐためには、イネ科乾草を中心の食生活を維持して頂きたいと思います。

ラテ君お疲れ様でした!

この記事を書いた人

伊藤 嘉浩

伊藤 嘉浩

“小さくてもひとつのいのち”をスローガンに命あるもの全ての治療に全力を注いでいきたいと考えています。

動物医療は我々、獣医師と飼い主様、動物の3者が協調しあうことでよい治療結果が生み出せると考えます。

治療に先立ち徹底したインフォームド・コンセントを心がけております。