ウサギの精巣腫瘍(その3)超高齢ウサギの全身麻酔

雄のウサギは5歳以降になりますと精巣の腫瘍が多く認められます。

以前にもウサギの精巣腫瘍についてコメントさせて頂きました。

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高齢になるほどに、ウサギに限らず全身麻酔のリスクも高くなります。

手術の難易度以前に、いかに安全な全身麻酔が実施できるかがポイントです。

本日はそんな麻酔のリスクとの戦いをご紹介します。

ミニウサギのクッキー君(雄、12歳)は左側の精巣が大きくなってきたとのことで来院されました。

確かに左側精巣が大きく腫大しており、精巣腫瘍の疑いが高いです。

クッキー君の全身状態は良好なのですが、精巣腫瘍を外科的に摘出となると全身麻酔に果たして耐えてくれるのか、非常に心配です。

何しろウサギの12歳という年齢は、ヒトの年齢の換算すると110歳から120歳に匹敵します。

ウサギは特に麻酔の難しさが強調されがちですが、クッキー君のような超高齢ウサギになりますと手術中、予測不能な麻酔事故が起こる可能性が高いということを飼主様にお伝えしました。

それでも何とかして取ってほしいということ。

私も覚悟を決めて手術に臨むこととしました。

本来なら術前に採血をして、腎臓や肝機能を確認して手術に臨むのですが、血圧も低めで採血も十分量が取れません。

麻酔時間を最短で実施すること。

当院では、ハムスターの皮膚腫瘍摘出やフクロモモンガの去勢手術に要する手術時間が10分ほどですが、これに準じた手術時間でいけたら、生還率は高くなると思われました。

午前中は酸素室にはいってもらい、肺を酸素化します。

次に鼻に局所麻酔薬を点鼻します。

これでクッキー君の息止めを防ぎます。

ガスマスクで導入麻酔を実施しますので、息止めをされると麻酔深度を安定させるのに苦労します。

ガスマスクでイソフルランを吸入させます。

突発的にキックをしたりしますので、股関節脱臼したり脊椎損傷しないように毛布で包んで保護します。

タイムリミットは10分ですから、速やかにメスを進めていきます。

精巣を総称膜から出して、精巣動静脈・精管を縫合糸で結紮しますが、その時間も短縮するためにバイクランプ(下写真)でシーリングして処置します。

シーリング完了後はメスでカットして終了です。

その間、約1分。

この処置を両精巣に施します。

下写真は正常な右側精巣です。

止血が完全なのを確認して縫合します。

縫合数も最短で済ませます。

ガス麻酔はバイクランプでシーリング直後には吸入をオフにして、酸素吸入のみで安全な覚醒に努めます。

皮下にリンゲル液を輸液します。

少し眼を開け始めました。

クッキー君はほどなく覚醒し、立ち上がることが出来ました。

摘出した精巣です。

向かって左が精巣腫瘍で右が正常な精巣です。

大きさの差が明らかに違いますね。

厚さの差です。

細胞診を実施しました。

低倍率の画像です。

注射針で精巣を穿刺したのですが、高濃度で腫瘍細胞が青く染色されて認められます。

高倍率の写真です。

細胞質に小空胞を入れた腫瘍細胞が集塊を形成しています。

細胞診でセルトリ―細胞腫であることが判明しました。

良性の腫瘍でありますが、この腫瘍細胞がエストロジェンを産生するためエストロジェン過剰症になり脱毛、対側精巣の委縮や骨髄抑制が認められることがあります。

手術は11分で終了し、クッキー君の麻酔覚醒はそれでもトータル30分近くを要しました。

無事、意識も戻り呼吸も安定してきましたので一安心です。

クッキー君はその日のうちに退院して頂きました。

その後の経過も良好です。

シニア世代になってから、精巣腫瘍になるウサギは多いです。

高齢になるほど麻酔の管理は困難になり、麻酔事故は起こります。

寧ろ、若い時期に手術を受けて頂ければ麻酔に関わる心配はほんのわずかに抑えられることでしょう。

犬猫同様、ウサギも1歳未満で去勢手術を受けられることをお勧めします。

クッキー君には、さらに長寿の記録を伸ばしていただきたく思います。

クッキー君、お疲れ様でした!

この記事を書いた人

伊藤 嘉浩

伊藤 嘉浩

“小さくてもひとつのいのち”をスローガンに命あるもの全ての治療に全力を注いでいきたいと考えています。

動物医療は我々、獣医師と飼い主様、動物の3者が協調しあうことでよい治療結果が生み出せると考えます。

治療に先立ち徹底したインフォームド・コンセントを心がけております。