哺乳類・鳥類の環境エンリッチメント

エンリッチメントって何?

環境エンリッチメントとは、「動物福祉の立場から、飼育動物の幸福な暮らしを実現するための具体的な方策」と定義付けされています。人による動物の飼育環境は、動物たちが長年かけて適応してきた本来の生息地の環境と比べると、狭く、単純で、変化が少ないものになりがちです。飼育環境に工夫を加えて、環境を豊かで充実したものにしようという試みが環境エンリッチメントです。ケージの中に動物を入れて、餌を与えるだけという単調な飼育は、成長や健康維持、繁殖のみならず、精神的的なストレスの原因になります。動物が持つ野生本来の行動を発現できるような環境作りのために、動物はそれぞれ生息地に適応した体の特徴や生態を考えてください。主に餌、社会、認知、感覚、空間の5つがポイントになります。

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多くの動物は餌を探して、捕獲や採取して、食べることに費やしていますが、飼育下ではすぐに餌が手に入り、残りの時間を退屈に過ごすことになります。ウサギなどは野生では大半の時間を餌探しに費やしているそうです。動物が野生本来の採食行動を発現できるよう、給餌する餌の種類を増やしたり、与え方を工夫したり、回数を増やすなどの工夫をします。餌をただ与えるだけでなく、かじったり、かんだり、引っ張ったりすると、ストレス予防にもなります。鳥ではフォージング (採餌行動)と呼ばれる餌を探して食べる動作を再現する方法が、ペットの鳥の飼育でも取り入れられています。

 

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社会

群れを作って暮らす動物は、群れで飼育するのが理想です。ウサギ、ロボロフスキーハムスター、モルモット、デグー、フクロモモンガ、サル、インコやオウムなどが代表的です。群れの中での仲間とのコミュニケーションをとることも重要です。

1頭での飼育ならば、飼い主も群れの一員であることを念頭に置いて動物と接触して、よい刺激を与えてあげることが効果的です。

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認知

知能の高い動物では、頭を使う行動をさせることもエンリッチメントになります。デグーなどの賢い動物では、複雑な動きをする玩具や遊具の導入もよいでしょう。インコやオウムなども意外と玩具で遊びます。飽きないように色々な物を与えて、どれが興味をもつか確認して下さい。

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感覚

五感を刺激して環境に変化をもたせることは、動物のストレスを減らします。視力が優れたサルなどでは物をみて認識しますので、色々な物や絵をみせることで興奮することがあります。聴力が優れたチンチラやハムスターなどでは、超音波まで聞くことができるので、部屋やケージの周囲に音のでる機械などを置くことは避けたほうがよいかもしれません。嗅覚が優れたフクロモモンガやフェレットでは匂いによって、相手や物を判別するので、飼い主と接触して臭いを共有することを好み、反対に床敷などの頻繁な交換は避けた方がよいのかもしれません。

空間

木の上で暮らすサルなどには登ることができる場所、飛ぶことができる鳥類やフクロモモンガには飛ぶ機会を与えるなど、動物の行動特性に配慮した空間作りになります。平面的な広さだけでなく、止まり木や登り木、棚などを使い、その空間が立体的に活用できることが理想です。フェレットやウサギは狭い穴に潜ることを喜びます。バラエティーに富んだ行動の変化はケージのみでは再現できないため、ケージから出しての運動や回し車なども必要となるかもしれません。隠れるトンネルや小屋などの場所の提供は、ウサギ、ハムスター、ハリネズミなどの夜行性の動物では精神的に落ち着く効果があります。動物の種類だけでなく、性格あるいは飼い主の都合にもよりますが、その状況にあった最適な方法をとって下さい。

論文

現在は実験動物においても環境エンリッチメントが唱えられており、動物に有利なだけでなく、実験動物技術者側にも有利な点があげられています。以下のような動物に対しての環境エンリッチメントが成功した文献も数多く発表されています。

トンネルや玩具を提供されたマウスやラットでは、性格が温和になり、人にも慣れて保定が容易になった 〔Moons et al. 2004.〕

ウサギも牧草を床に置かずにラックタイプ(牧草フィーダー)から齧って引っ張り出す行為を再現させ、玩具もローテーションすることで、忍耐力と想像力を持たせ〔Weaver 2004〕、小屋や棚の設置は落ち着いた性格になり、過剰な毛繕いも減少した 〔Hansen et al. 2000.〕

フェレットもハンモックやトンネル、玩具を与えることが本来持っている探索心を満足させ、精神的にリラックスをし、保定も容易になった 〔Ruffo et al. 2003.〕

サルもケージ内に木片、玩具、ブランコやロープ、鏡等を吊し、室内には植物や太陽光を採り入れることで、ストレス発散や心理的に豊かになり、ケージの破損が減少し、異常行動も減少した 〔前田. 1999.〕

以上のような数多くの報告があり、ぜひ環境エンリッチメントを取り入れて、ストレスを減らすことを考えましょう。

参考文献

  • Hansen LT,Berthelsen H.The effect of enviromental enrichment on the behaviour of cage rabbits (Oryctolagus cuniculus).Appl Anim Behav Sci68(2):163-178.2000
  • Moons CP,Van Wiele P,Odberg FO.To Enrich or Not to Enrich:Providing Shelter Dose Not Complicate Handling of Laboratory Mice. Contemp Top Lab Anim43(4).2004
  • Ruffo K,Lang RK,Spolowitz M,Feeney WP,Benyak CA,Ruble DL,Anderson LC.An Overview of a Ferret Enrichment Program.Tech Talk8(5).2003
  • Weaver LE.Rabbit Enrichment/Keeping It Simple.Tech Talk9(2).2004
  • 前田典彦.サル類の飼育における環境エンリッチメントの試み.生理学技術研究会報告21:p70-72.1999

この記事を書いた人

霍野 晋吉

霍野 晋吉

犬猫以外のペットドクター

1968年 茨城県生まれ、東京都在住、ふたご座、B型

犬猫以外のペットであるウサギやカメなどの専門獣医師。開業獣医師以外にも、獣医大学や動物看護士専門学校での非常勤講師、セミナーや講演、企業顧問、雑誌や書籍での執筆なども行っている。エキゾチックアニマルと呼ばれるペットの医学情報を発信し、これらの動物の福祉向上を願っている。

「ペットは犬や猫だけでなく、全ての動物がきちんとした診察を受けられるために、獣医学教育と動物病院の体制作りが必要である。人と動物が共生ができる幸せな社会を作りたい・・・」との信念で、日々奔走中。